今年も終わる、とかすでに感じてしまっている

  • 2013/11/05(火) 02:37:17

早いものでもう11月。木曜から週明けまで山梨長野とロケハンやらいろいろ行って、13日からポーランド。なんと一ヶ月も行くという、社会人としてあるまじき渡欧なんだけど、まあこれも一応仕事だからね、仕方ない。でもって12月にはひとつ撮影が入っていて、その納品がなんと1月6日。。。ということで、なんだか今年はもう終わるなあ、と感じている今日この頃。

早くも今年を振り返ったりしている。今年は年間通して『こどもちゃれんじ ほっぷEnglish』ってのをやっていた。キャラや世界観の立ち上げから一年間、全般の演出をさせてもらった。大変なこともけっこうあったけど、こうやってずっとコンセプトを通してつくれるってのは、やっぱりありがたいことだよね。

そもそも、こどもに対する免疫も少しはついた気がする。教育なんてあんまり考えたことなかったけど、こどもがどういうものを面白いと思うのか、理解できるのかを考えながらつくっていくのは、それなりに発見もあり、楽しかった。

そんなこちゃれも先日一年分の納品が終わり、一段落ついた。来年どうしようか、ってのは(いつもどおり)決まってないんだけど、とにかく映画の企画を軌道に乗せるべく奔走するんだろうな。忙しくなるぞ、と自分に言い聞かせながら、さっきアマゾンで本を10冊ほど買ってしまった。。。

近況

  • 2013/10/02(水) 00:45:14

ずいぶんご無沙汰ですが、近況報告です。
7月に韓国のプチョン国際映画祭で、長編企画がマーケットでグランプリをとりました!
いよいよ前向きに動き出していて、11月に一ヶ月ポーランドに行ってきます。しかし、7月かあ。。。もう10月なんですよね。いろいろエンジンかけないと。

で、先月に札幌国際短編映画祭に、やっと完成した自作の"conversation(s)"が国内コンペ部門で上映されました。ゆかりのある映画祭で、実は4回目の参加なんですが、毎度のことながら北海道の食べものは何食べてもうまいなあ、と堪能。
そして、脚本賞のスペシャルメンション(特別賞)なるものを頂きました。脚本の渋谷さん、おめでとう!そして自分もおめでとう!

すこし余裕が出て来たので、こつこつ更新したいと思います。ではでは。

名言

  • 2012/09/27(木) 23:44:43

--- 主語が複数形になると、述語が暴力的になる。

村上龍がどこかで言ってた。最近の尖閣問題などのニュースを見ながら、これって名言だよなあ、と思った。

ABC予想

  • 2012/09/19(水) 23:27:31

ちょっと見逃していたが、なんとABC予想が証明されたかもしれないらしい。しかも、論文発表者が日本人だという。査読にはかなり時間がかかる(数年はかかるという噂もあり)らしく、まだ未確定ながら、これが本当ならとんでもない快挙だ。あのフェルマーの最終定理ですら、これを用いて簡単に証明できるというのだから、興奮しちゃいますよね。

ヒッグス粒子の発見もそりゃびっくりしたけど、最近ほんと百年単位の大発見、大発明が連発している。中学生のころ、雑誌ニュートンに世紀の謎と紹介されていたことを今でもよく記憶している。まるで、ネッシーが実在した!くらいのインパクトのある出来事だ。でも、ABC予想の証明を理解できる数学力が自分にないのが寂しい限りだ。

雅楽

  • 2012/09/16(日) 12:35:31

宮内庁に楽部という部署がある。これは、要するに天皇の楽隊とも言うべき部署で、れっきとした国家公務員たちの集団だ。とはいっても、彼らの業務は、この雅楽という伝統音楽を継承していくこと、その一点。もともと西日本に点在していた雅楽の流派が、明治に天皇が東京に移ると同時に、皇居一カ所に集められたのが楽部のはじまり。そのときに、いろんな流派をまとめあげて、正統な雅楽の流れをつくってきた。

そもそも雅楽の歴史は古く、奈良の大仏が完成したときに、盛大に催されたのは雅楽だったし、正倉院に数多く残る楽器の数々も、雅楽の楽器だった。もっと古くをたどると、朝鮮からの流れ、それから中国からの流れに分けられる。中国にも朝鮮にも、今の雅楽に残る特色はもう見られない。千年単位でまるでタイムカプセルみたいに音楽が保存されてきたのは、やはり天皇家の庇護があったからだ。面白いのは、楽器などの影響には、遠くシルクロードから渡って来た中東やベトナムからの流れもみてとれる。装束や太鼓の装飾を見ていても、色使いが明らかに和的なものじゃない。もっとエキゾチックなのだ。

明治時代に楽部が創設されてから、今までにもいくつかの変化があった。まず大きいには、楽部の人間に洋楽を学ばせたということ。開国してから、鹿鳴館などで、外国要人を招待しないといけない場が多々あったのだが、そのときに洋楽を誰も弾けない。そこで、政府は楽部の人間は音楽をやっているのだから、と洋楽を習わせたらしい。その伝統もあり、今でも楽部の人たちは雅楽、洋楽両方演奏できる集団になっていて、外国からの客がいるときには、オーケストラを編成する。

たとえば、君が代は、雅楽の人が作曲した曲だ。雅楽には、独特のリズムの取り方がある。腿の上を二回たたき、今度は腿の側面を二回たたく。そうやって四拍子を取る。この、上側から側面へ移るときの微妙なタイムラグが、雅楽特有のリズムを生み出している。君が代を、この拍子の取り方で歌ってみると、よく分かると思う。

楽器もひとつひとつ面白く、装束も華があり、今回エジンバラ演劇祭ではたいへんな人気だった。やっぱりね、面白いみたいです、外国人にとって。というか、僕もはじめはうつらうつらしてしまうことが多かったんだが、少しずつ分かるようになってくると、奥が非常に深いということが分かる。

そもそも、雅楽を聞いていて、一番思うのは、昔の人はこの音楽を純粋に心から楽しんでいたんだ、ということ。平安時代の政府には、楽部はそれこそ法務省とかと同じくらいの重要度で存在していて、それこそ夏フェスなみに頻繁に演奏会が開かれ、今ではもう消失してしまっているものも多いらしいが、多くのヒット曲、ヒット舞が生まれた。歌謡曲もロックもディスコもない時代に、ではなく、雅楽がそれに相当したんだと考える方が自然なのだろう。もちろん、雅楽は貴族の音楽であって、一般の人が聞いたり演奏したりした音楽じゃないというのはある。でも、一般の人たちが田植えをしながら口ずさんでいた音楽も、似たような雰囲気の音楽だったんだと思う。そうして生まれて来た能楽も、今では立派な古典芸能になっているんだし。

音楽や踊りは、時代や場所を超えて普遍的である。という説はある意味正しくある意味間違いなのだと思う。今、宮内庁楽部で演奏されている雅楽を聞きながら、舞楽を見ながら、自分の中の日本人としてのルーツを探そうとしている。