To Belong

  • 2012/01/30(月) 02:19:37

一昨年からやっているプロジェクトが、そろそろ大詰め。というか、まだワークインプログレスなとこなんだけど、4月にジャカルタで初演ということで、形にしなきゃならない段階にきてる。

コンテンポラリーダンサーで振付家の北村明子さんと、ずっと前から友人の音楽家森永くんと、先日インドネシアで一緒だったグンドノ(もうこの人は音楽家とかいう分類は不能)と、かなり異種格闘技的な組み合わせのプロジェクト。

撮影のために行って来たインドネシアは、ほんの一週間そこらの滞在だったのに、ほんとに濃い〜体験だった。なによりも、あの熱帯の独特の雰囲気と、ガムランのサイケデリックな音に包まれて、ずっと目眩にも似た狂騒の中にいた。”神秘主義”なんていう文化人類学的な単語は、本の文字を引っ掻き回してるだけじゃ、ぜったいに理解できないってことを実感した。頭上を覆うバナナが、ゆらりと風に揺れ、その風に乗ってイスラムの祈りが運ばれて来る。緑や赤、青といった自然の原色が視界を埋め尽くし、辺りを覆う空気には、匂いや温度、触覚、それから土着の人々の生活がじっとりと絡まって、からだの境界が融けていくような感覚に襲われる。

踊りや音楽、絵画や演劇が、”鑑賞”ではなく、リアルな”体験”として存続できる文化。服を着ることで、外界とからだに境界をつくってしまった僕らは、俗にいうアートも”体験”から切り離して、額縁の中へ、舞台の上へ、記録の中へ無意識のうちに押しやってしまう。

今がんばって台本をおこしている段階なんだけど、なにか自分の中に新しい風が吹いているのを感じている。

フクシマノエガオ

  • 2012/01/25(水) 02:33:00

なんかずいぶん前のことだけど、福島のいわきで子どもワークショップで作った映像です。

GReeeeNが楽曲提供してくれてます。ハイスピード撮影ができる小型カメラで子どもたち自身が撮影演出したものです。なんかね、子どもたちがほんと楽しそうだったんですよね。いろいろと厳しい環境にありながら、楽しいときはきちんと楽しいって笑えるってすごいことだと思いました。校長先生が、子どもが笑ってくれていれば大丈夫だって思えるんですって仰ってたのが印象的でした。地域にとってそれがどんなに大切なことかって力説されてたなあ。

でも、なんでいまだに職員室の前は早歩きしてしまうんだろう。。。

あけましておめでとうございます

  • 2012/01/19(木) 22:58:33

あけましておめでとうございます。

だいぶご無沙汰してました。カレンダーは2011年9月で止まっていて、今日新しくしました。そう、そのあたりからほとんど記憶がないくらいノンストップだったんです。気分的には来週あたりが正月休みって感じです。

いろいろご報告もあるのですが、とりあえず新年のご挨拶を。今年もよろしくお願い致します。

近況と予定

  • 2011/10/31(月) 23:29:43

明日から2週間くらい、ポーランドに行ってきます。久しぶりのポーランドです。映画の企画プレゼンとその準備。後半はリトアニア。いまいち地図上のどこかイメージが沸きませんが。。。

帰ってきたらfilmexとベルリン国際映画祭の共同企画に参加します。東京在住なのにホテルに泊まれという指令がきてる。。。なんか怖いですが、けっこう面白そうな人がエントリーしてるから楽しみです。

で、12月には佐渡島でドキュメンタリーの撮影、それからダンスの舞台用の映像の撮影にインドネシア、年明けには自作短編の撮影、とあって、どうもこのまま今年はノンストップな感じです。その合間にやらないといけない細々とした仕事は、今は見えていないことにしてます。いや、見えてますが、こういうのって今までも意外となんとか乗り切ってきた、という帰納法的楽観主義をとってます。。。

フェルマーの最終定理

  • 2011/10/30(日) 22:32:15

ひさしぶりにスリリングな本を読んだ。サイモン・シン著の『フェルマーの最終定理』。

3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない

というのがフェルマーの最終定理だ。この三百年にも渡って数学者を悩ませていた問題を証明したアンドリュー・ワイルズを軸に、ピタゴラスの時代の数学にはじまり、20世紀の最新数論まで網羅して、まるで長大な推理小説を読んでいるかのような物語が展開される。

この本になにがすごいって、決して難しい数式は出てこないのに(おそらく文系の人でも、数学を受験で使った程度の知識で難なく理解できる内容のはずだ)、フェルマーの最終定理の証明がいかに現代数学にとって重要な出来事だったか、またワイルズのとった手法、証明がいかにすごいものだったかが、手に取るように分かるという点だ。

読み物としてもとても面白い。ある意味数字を神として崇拝していたピタゴラス教団などは、無理数の存在を指摘した弟子を溺死までさせている。かと思えば生徒が集まらなくて、仕方ないから教師が報酬を生徒に払って学校を作っていたり、と今では考えられないようなことをやっていたみたいだ。なんでピラゴラスが出て来るかって、それは直角三角形の有名なピタゴラスの公式と、フェルマーの最終定理を見比べれば分かると思うんだけど、大元をたどればピタゴラスの定理になるというわけだ。

そのちょっと後にできたアレクサンドリアの図書館の話も面白い。世界一の図書館を作ろうとしたアレクサンドリアは、都市に入って来る人の書物を無理矢理没収して、そのかわりその写本を下賜していたらしい。旅行者にとってはなんとも迷惑な話なんだけど、そのおかげで重要な文献の写本が意外なところから発見されることが今でもあるんだって。というのは、アレクサンドリアの図書館も、やれキリスト教に反するものは燃やせ、イスラムに反するものは燃やせ、といった偏狭な宗教によって消失したものが多いらしく、現存しないものが多いのだが、写本が残っている可能性があるのだ。

他にも、川の全長と直線距離の比率は円周率に近い、だとか「私は嘘つきだ」という命題が証明できるか?という話や、第二次世界大戦でナチスが採用していたエニグマ機による暗号解読、不運な天才数学者ガロアの物語(最終的に決闘で死んじゃう)、それからフェルマーの最終定理の証明に、決定的な転機をもたらした、谷山、志村というふたりの日本人数学者の数奇な運命に至るまで、ほんとうにひとつひとつ面白かった。

数学なんて生活には何の役にも立たない、と思っていたけど、実はもうすぐ身近なところに数学の抽象的な世界が迫って来ている。単なる錬金術が、医学や工業に必要不可欠なものになったように、単に星を見上げていただけの物理が、電子レンジや原発(まあ、あまりいい響きじゃないけど)などに応用されていったように、数学もコンピュータという媒体を通して、いろいろと実用的なものとして応用されているようだ。気づいていないだけで、実は身近に数学の進歩を僕たちは享受している。

でも、この本を読む限り、数学の本当の魅力は、その数字の中にある美しさなんだろうな、と思うけど。